2024.11.9 09:03/ Jun
先日、元バレーボール全日本代表選手の益子直美さん(現・日本スポーツ協会副会長)と、立教大学のキャンパスで対談させていただく機会をいただきました。
益子さんは「監督が怒ってはいけない大会」を主宰なさっています。
この大会は、
監督が、試合中、絶対に選手を叱ってはいけない、怒号を飛ばしてはいけないがルールになっている大会
です。
逆にいうと、それだけスポーツの世界では、怒号や暴力が、ごくごくあたりまえに多用されてきた、ということです。益子さんは、この大会を10年にわたり主宰し、スポーツの世界でのハラスメント・暴力の根絶に尽力なさってきました。
益子さんの活動の根源には、益子さんが現役の頃に受けてきた、指導者からの「暴力」や「怒る指導」があるといいます。
益子さんは「バレーボールは好きだ」といいます。しかし「勝利至上主義のスポーツ=監督が暴力や怒る指導を行うスポーツ」を経験した結果、一時は「バレーボールが嫌いになった」とおっしゃっていました。ご自身が、監督からの叱責や暴力によって、円形脱毛症や下痢に苦しみ、一刻も早く「バレーボールをやめたかった」時代があるそうです。
そのような背景から、彼女は、監督が「怒る指導」は、選手の心の成長を阻止し、考える習慣を奪ってしまう、との思いをお持ちになりました。
益子さんはこのような思いで「監督が怒ってはいけない大会=監督が、試合中、絶対に選手を叱ってはいけない、怒号を飛ばしてはいけないがルールになっている大会」をなさってきました。
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今回の取材では「なぜ、監督は選手を叱り飛ばしてしまうのか」や、それを根絶するためにはどのような働きかけが重要かについてお話をさせていただきました。そして、この10年で、どのような変化がスポーツの世界に生まれたのかを伺いました。大変示唆に富むお話しでした(詳細は後述する記事でご覧ください!)。
益子さんのお考えを伺っていながら、わたしは
「なぜ、監督は、選手に怒号を飛ばしてしまうのか?」
について考えていました。
学生時代は「体育2」をとり、部活など、ろくすっぽしたことのない、わたくしが「監督論をかます」など、「便所スリッパでカンチョーされそう」ですが、まぁ、こんな人間でも「考えることだけは、勝手になさいな」だと思いますので、以下10つの観点から考えてみます。あくまで可能性です。スポーツが得意なひとは、さらに自由に考えてください。
【前提】:そもそも監督と選手のあいだには、年齢差、経験差などの「権力勾配」が存在している。監督は強い権力をもっており、選手は弱い立場に置かれている
1.成功者の罠
まず、多くの監督は現役時代、そのスポーツの選手で、かつ「成功者」であった可能性が高いということです。「成功者」は、その成功体験があるがゆえ、自分のやり方を絶対視してしまいがちです。そして、成功者のなかには「できないもの」「失敗するもの」の気持ちがわからないひともいます。絶対である「自分のやり方」を、なぜ、他のひとは「できない」のかがわかりません。
2.負の世代継承の罠
ひとは、自分が若い頃に受けてきた教育・指導を、次の世代に「再生産」してしまう傾向があります。たとえば、その監督が「選手時代」、ゴリゴリの精神主義的、かつ、暴力的な指導を、上の世代から受けてきた場合、それを下の世代にも「再生産」します。「わたしのときは、もっと、ひどかった。だから、ちょっとくらい、手をだしても、許される」という気持ちが生まれます。
3.知らないの罠
先ほど、ひとは自分が若い頃に受けてきた教育・指導を、再生産してしまう、といいましたが、その背景には「そもそも、それ以外の指導法を知らない」ということもあります。要するに、暴力や怒号に頼った指導「以外」の方法を、知らないのです。知らないのだから、できるわけがありません。
4.依存症の罠
実は、暴力や怒号に頼った指導は、やる側にとっては「気持ちいい」ものです。権力にたよって、権力がないものを「服従」させられるわけですから、これは「気持ちがいい」のです。さらに、その状況で、大会で成果が出たとします。すると、監督は、周囲や学校から「称賛」されます。要するに「承認欲求」も満たされて、さらに気持ちいいのです。気持ちいいことからは抜けられません。
5.No feedbackの罠
暴力や怒号に頼った指導を行い成果を出している監督には、誰もフィードバック(それ、マズイんじゃないですか? それ、やりすぎじゃないですか)はしません。監督にとって、チームは「密室」です。彼/彼女は、チームを「自分のもの」と考えていますし、多くの場合、「監督ー選手」には権力差を認めています。ですので、誰もフィードバックができません。実は、監督は「孤独」です。誰からもフィードバックが得られない孤独な存在でもあります。
6.出場者選択の罠
監督の権力の源泉になっているのは「誰をゲームに出場させるか?」ということに関する選択権をひとりで握っているからです。これを悪用して、自分に覚えがめでたいひとだけを「出場」させていくと、誰も、何もいわない状態は、さらに強化されます。要するに「心理的安全性ゼロ」の状態が続きます。
7.成果プレッシャーの罠
監督もプレッシャーにさらされています。保護者からの圧力。学校側からの期待。ですので、暴力や怒号に頼った指導を行い成果を出している監督で、いったん成果をだしてしまったひとは、なかなかそれを変えられません。それを変えてしまうと、負けてしまうかも知れない、という思いが頭をもたげます。
8.さらにブラックボックスの罠
SNSなどの普及によって、暴力や映像や音声が流出するようになりました。暴力や怒号に頼った指導を行い成果を出している監督の所業も、やろうと思えば、ただちに流出します。そうなると、暴力などのふるい方が、さらにブラックスボックスのなかで行われるようになります。
9.今さらかっこわるいの罠
暴力や怒号に頼った指導を行い成果を出している監督のなかには、自分の指導の限界に気づいている人もいます。人口減少期に入り、スポーツ人口も減っているのです。暴力や怒号が飛び交うチームに入りたい人は、かつてよりは減ります。自分の指導の仕方を本当は変えなくてはならない、と気づいている人もいます。しかし、できないのです。なぜなら「かっこわるい」からです。これまで暴力や怒号をさんざん多用していて、突然、選手の強みをホメ出すことは、過去の自分を否定することです。周囲からも「どうしちゃったの?」と言われます。だから「かっこわるい」のでできません。
10.コミュニケーションの罠
暴力や怒号に頼った指導を行い成果を出している監督は、そもそも、そのコミュニケーション観に問題があります。ひとは、他人に言われたとおりに、ただちには動けないのです。いう側は「言われたとおり、なぜ、やらない」と考えがちです。が、言われる側すると、言われた瞬間から0.5秒とかは「言われたことを解釈・思考」して、行動にうつす時間が必要なのです。しかし、この時間差が生じてしまうために、「言われたとおりには、できない」のです。このことを理解しないと、怒鳴り続けることになります。「言われたとおりにやれ」と。
これ以外にも、多々あるでしょう。体育2が妄想で考えるだけでも、これだけの要素があがります。スポーツをしている方ならば、さらに様々な要素があがるのではないでしょうか。
しかし、こうして考えてみると、監督には、幾重にも、その周囲に「暴走しちゃう要素」が存在していることがわかります。よほど意識的にならないと、あるいは、監督が暴走しないための資格や、仕組みを整えておかないと、悲惨な事件は止まりません。
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実は益子さんと対談させていただくのは、今回で2回目。前回は5年前。やはり立教大学のキャンパスでした。
この5年間で、「監督が怒ってはいけない大会」はバレーボールを超え、水泳、サッカーなどの他競技にも広がりつつあります。また暴力や怒号を使わずに、生徒の自主性を重んじて、実際の大会でも「勝つ事例」が野球やサッカーなど、さまざまな領域で生まれてきているといいます。本当に素晴らしいことです。
益子さんの活動を、わたしは応援しています。益子さん、本当にありがとうございました。
なお、この取材は、人事専門誌「Learning Design」のわたしの連載「プロ指導者の流儀」で実現しました。編集者の長岡さん、竹内さん、ライターの長岡さんには大変御世話になりました。
益子さんとは「あと5年たったら、またお会いしましょう」と約束しました。おそらく5年後「怒る指導」はさらになりをひそめ、スポーツ選手がイキイキと成果をだせる環境が生まれていると思います。今から、その未来が楽しみです。
監督が怒ってはいけない大会
http://masukonaomicup.com/
プロ指導者の流儀
https://jhclub.jmam.co.jp/acv/series?content_category=018
そして人生はつづく
(5年前)
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