CSCL-Computer supported Collaborative Learning-As Ideas

NAKAHARA, Jun

Preface

僕が好きな本の中のひとつに西垣通さんのお書きになった『思想としてのパソコン』があります。『思想としてのパソコン』はヴァネヴァー・ブッシュ、テリー・ウィノグラードまで、コンピュータの搖籃期から現在までのコンピュータを形づくってきた「巨人」たちの論文を集め、翻訳した本です。個々の論文も非常に興味深いのですが、そちらの方は本を各自参照していただくとして、ここでは西垣さんの言葉の中で、僕が非常に印象深かった言葉があるので紹介します。

『パソコンというツールを多くの人が使い始めていくことによって、我々のコミニュケーションの仕方や仕事のやり方が唸りをあげて変化していくとき、パソコンを”思想”としてとらえる作業がどうしても必要になる。さもないと、我々は自分を押し流している荒々しい潮流の向きも、自分のいる位置もわからなくなってしまうだろう。』

(同書、292p)

さて、ここで西垣さんの言いたかったことは何だったのでしょうか?それは恐らく「研究の関係性」ということではなかったのかと僕は思うのです。「人工物(artifact)」である「パソコン」を「思想」として捉え直すこと、それは換言すれば、その時代のその論がどのようにして、次の時代の、或いは前の時代の研究の「うねり」とつながって、それがどういう意味をもっているのかを「再吟味(refrection)」することです。

自戒をこめて言いますが、とかく「人工物」開発に従事するとき、私達はこの「研究の関係性」を無視してしまいがちです。新しい技術のもつ「意味」を「技術中立神話」で覆い隠し、より多機能で高性能なモノをむやみやたらに追求する。1日が他の業界の1年にも相当するコンピュータ業界ですから、それもやむを得ないのですが、「コンピュータ」が「教育現場」に入ってくるとなると、それは許すことができません。やはり、それにはどうしても、「その実践がどういう意味をもっていて、それはどういう言説と結びついているのか?」という問いへの省察がなければならないと思うのです。

このページは、CSCL(computer supported collaorative learning)を「思想」として問い直すためのページです。そもそもCSCLとは何なのでしょうか?その問いに対する答えを、筆者が可能な限り「簡単」に、探求していこうと思います。筆者はここで「簡単に」と書きましたが、「簡単に」書くことは実は「簡単」ではありません。そこで、いくつかの項目を設定して、それとCSCLとの関連を書いていくことにします。

What's CSCL ?

CSCLと言う言葉は、一般にはなかなか知られていない、専門用語(technical term)の一つです。ところが、「専門用語」と書きましたが、これを専門に研究している人の間でも統一した見解が生み出されているわけではありません。その「混乱ぶり」は用語の乱れに用意にみてとれます。ある人は、CSCLを「computer support collaborative learning」だといい、ある人は「computer supported cooperative learning」だといいます。さらに混乱がますのは、これを日本語に翻訳したときです。「コンピュータによる共同学習支援」と一般には訳されますが、時に「共働学習」だとか、「協同学習」だとか訳されることもしばしばです。

ですから、ここでも筆者がCSCLを定義づけることはできません。

ポイントは、第一にCSCLは「学習の資源(resource for learning)」として、メディアとしてコンピュータ、或いはコンピュータ・ネットワークを使うということ。そうして組織される、構造化される学びは、「共同学習」という形態をとること。ここでは、それだけを押さえておきたいと思います。

Why Collaboration ?

ここでは、なぜ「Collaborate(共同する)」のかということを考えてみたいと思います。「共同する」ことの「意味」、それはCSCLの最大の特徴であるにも関わらず、なかなか省みられることが少なかったことです。これに答えるためには、「学習理論」という少し難しい領域に踏み込まなくてはなりません。しかし、ただでさえ難解な「学習理論」を詳述するのは、筆者の力量を超えていますので、それは各人の「読み」に任せるとして、ここではごく簡単にその概略を述べておきたいと思います。

これまでの学習理論は、「学習」を「個人の頭の中」の記号操作と見なし、「知能」は「個人の頭の中」に宿るとしてきました。ここでは、そうした考え方のことを「個人還元的学習観」と言います。そして「個人還元的学習観」のもとでは、「知識」を如何に「効率的・効果的」に「頭の中」に「伝達」するかということが追求されるのです。CSCLの「Collaboration」は、こうした考え方に対するアンチテーゼに他なりません。それは、まとめると、以下のようになると思います。

1.学習は「個人の頭の中」の記号操作ではない。学習は学習者が環境・他者と「協調」して知識を「構築」する営みである。

2.知能は「個人の頭の中」にあるのではなく、環境と他者に「わかちもたれている(distribution)」。

これらの考え方は、それぞれ「状況的認知(situated cognition )」・「分散認知(distributed cognition)」という認知科学の知見、或いは理論創出のための枠組み(メタ理論)の一つである「社会的構成主義(social constructivim)」という認識論が色濃く反映している考え方ですが、ここではこれについて詳述することはしません。文末にReferenceをつけておきましたから、興味のある方はそちらをごらんになってください。誤解を恐れず、簡単にするならば、要するにCSCLとは以下のような考え方のもとになりたっている領域です。

「人間の有能さはひとりひとりの頭の中に詰め込めばいいというわけじゃない。そうしても、人間は有能に振る舞うことはできない。人間が有能になるのは、他人や自分のまわりのモノと「対話」することで、それらと一緒に「知」をつくりあげるときである。そうした「知」は、もはや個人個人の頭にあるわけではなく、みんなで共有しあっているのだ」

そして、こうした考え方が背景にあるために、CSCLでは「共同学習」という学習の形態が採用されているわけです。しかし、「共同学習」と簡単に言いますが、学校をとりまく数々の現実は、「共同学習」の実現に大きな制約となります。第一に「学習指導要領(The course of study)」というのもそうですし、たくさんの生徒が「共働」して知恵を出し合うような空間・時間もないですよね。もしあったとしても、議論がなかなか収束しないことが容易に予想されるわけです。そこで、この「共同学習」を実現するための「道具立て」が必要になります。その「道具だて」の最有力がコンピュータ・ネットワークです。最近は知名度があがってきましたが、「インターネット(The net)」はその「設計思想」自体が「分散協調」です。ネット全体を統御する「中央実行系(Central excute system / mainflame)」なしで、個々のエージェントが分散協調して、ネットワークを構築している。この設計思想がCSCLの「思想」にぴったり符合するわけです(符合するのは実は当たり前なのですが、それはここでは詳述しません。)。CSCLでは「議論」を統御する「権力者」はいません。個々の学習者は、他者とコミニュケーションを営み、ad hocに、構成的に知識を「構築」していくのです。時にはディスコミニュケーションに陥ることもあります。既存の「知識」が解体されていくことだってあります。それでも、紆余曲折を経ながら、CSCLの実践は、コンピュータを「媒介」とし、これまでの「学習」という概念では捉えきれなかった<学習>を保証します。

How do we design CSCL ?

さて、ここではCSCLの論文を読んでいると、必ずお目にかかる3つの「用語」をもとにCSCLを如何に「デザイン(design)」するかという問いに答えていきたいと思います。その用語とは、「Authenticity(真正性)」・「Scaffolding(足場かけ/支援)」・「refrection(内省/省察/再吟味)」の3つです。(尚、これらの概念については認知科学者の三宅なほみ氏が「インターネットの子どもたち」(岩波書店)という本で詳しく述べています。)

1.Authenticity

まず、「Authenticity(真正性)」とは、簡単に言ってしまうならば、「本物らしさ」という意味です。つまり、CSCLでは学習者が共同して考察するべき問題は、「本物」の問題でなければならないという意味で用いられています。そして、ここでいう「本物」とは、「社会的、文化的に考えることに意味があると認められている」という意味です。また、CSCLの実践では社会的・文化的に意味があると認められている問題を「トピック」の形で探求することが多いのですが、それは問題を「トピック」にしなければ、対話が拡散し、結局学習者自身何をやっているのかがわからなくなってしまうのを防ぐためです。

CSCLが問題として捉える「Authentic problem(真正の問題)」は、いわゆる学校でのみ価値のある「学校知」というものへのアンチテーゼに他なりません。

2.Scaffolding

これはヴィゴツキーの最近接発達領域(Zone of proximal development)のひとつの解釈として、主にアメリカで繰り返し主張された概念です。ヴィゴツキーの最近接発達領域というのは、学習者が一人でできることと、自分より有能な他者の手を借りればできることとの間の領域のことを指しており、有能な他者がうまく学習者の「足場をつくってやる=支援(scaffolding)」することで、その領域は縮まるものと考えられました。いくら、CSCLが「知識構築的な学習環境(knowledge-building learning environment)」であっても、学習者を単にほったらかしにしておいたのでは、やはりダメなのです。それは「dumping(投げ入れること)」にすぎません。適切な支援と、学習者が支援を必要としなくなった時に支援を解除すること(fading)がセットになったときこそ、学習者の知識構築が進行すると、CSCLでは考えられています。

3.reflection

「reflection」とは日本語にするならば「問い直し」くらいが適当だと思います。CSCLは知識を「構築」するだけの環境ではありません。それは同時に学習者の知識の「問い直し(再吟味)」をも支援しています。自分の学習に他者が媒介となっているCSCLでは、この「reflectionのための学習環境」としても機能しうることが期待されています。

以上、3つの概念にしぼって、「CSCLをどうデザインするか」という問いに答えてきましたが、最後に非常に誤解されやすいことを指摘しておきます。それは「意図」の問題なのですが、CSCLの目的が「知識を学習者自ら構築する」ことであるからといって、CSCLがCSCLをデザインする人の「意図」から自由になるわけでありません。教育の世界では、とかく「教え手の意図」がないことが「理想の教育」とされる傾向がありますね。CSCLは「ユートピア」ではありません。そこには、CSCL的な学びの経験をデザインする人の「意図」が、問題とされる「トピック」、使われるコンピュータ・ツールに、埋め込まれているのです。

Learning Community or Editing Community?

さて、CSCLの論文を読んでいると、頻繁に登場する用語に「Commnity(コミニュニティ:共同体)」があります。「共同体」とは通常「地域性」と「連帯性」を軸に語られる用語です。つまり、前者で「共同体」を語るとき、それは特定の地域に住む人々の集団として捉えることが可能ですし、後者で「共同体」を語るとき、それは共通の利害・関心などによる何らかの「連帯」による人々の集団ということになります。そして、CSCLで語られる「共同体」とはまさに、この後者の意味での共同体を志向していることになります。CSCLでは、ここの学習者は共有する学習トピックをもとに、コンピュータを「媒介」としてコミニュケーションし、何らかのoutputをネットワーク上にパブリッシングするわけです。故に、それはコンピュータ・ネットワークが媒介する「学習共同体(learning community)」として位置づけられます。

しかし、ここで注意すべき事があります。「学習共同体(learning community)」とは言っても、CSCLの探求(inquiry)では「ひとつの正解」があるわけではないわけです。それは、個人個人にわかちもたれている(distributed)知識を組織し、方向付け、調整し、構造化していく営みと考えられます。故に、CSCLの共同体とは、「知を編集する共同体」とも言えると思います。

Reference

ここでは、CSCLを理解するためのReferenceを掲載します。しかし、CSCLは学際領域なのでその文献は膨大な数になります(勉強不足なのでなかなかreferできていません)。ここではその中で筆者が読んでよかったなぁと素朴に感じられたものを、短い解説つきで紹介します。

  

▼CSCLとは何か?

佐伯胖 1997. 『新・コンピュータと教育』 (岩波新書)

数あるCSCLの実践の中でも非常に有名な「CSILE」の実践が巻末に紹介されています。

三宅なほみ 1997. 『インターネットの子どもたち』 (岩波書店)

CSCLの全貌がごく簡単な語を用いて紹介されています。

The Proceedings for CSCL'95

The Proceedings for CSCL'97

CSCLの学会のPreeedingです。Web上で公開されているので、簡単に入手可能です。このサイトでは、その中からいくつかを要約しています。

Timothy Koschmann (Ed) 1996. CSCL:Theory and Practice of an emerging paradigm. Lawrence Erlbaum Associates,NJ

Timothy Koschmann, Rogers Hal and Naomi Miyake (Eds) Cscl 2 : Carrying Forward the Conversation Lawrence Erlbaum Associates,NJ

様々なCSCL研究者による共著です。CSCL'95のPreceedingよりも詳細な記述です。このサイトには、筆者がある研究会で報告した章のレジュメが掲載されています。

  

▼状況的認知(situated cognition)

状況的認知アプローチの論文は非常に膨大ですので、とりあえず最初はその概説を読むことをおすすめします。

高木光太郎 1996. 「実践の認知的所産」 波多野誼余夫編 1996. 『認知心理学5 学習と発達』 (東京大学出版会)

ヴィゴツキー研究者である高木氏の論文で、「状況的認知」について概説してあります。「scaffolding」と「Zone of proximal development」のことも書いてあります。

佐藤公治 1996. 「学習の動機づけと社会的文脈」 波多野誼余夫編 1996. 『認知心理学5 学習と発達』 (東京大学出版会)

二人の発達心理学者、ヴィゴツキーとピアジェの相違を平易に述べています。

Lave & Wenger 1991. Situated Learning-Legitimate peripheral participation. Cambridgee University Press. 佐伯胖訳 「状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加」(産業図書)

難解な本ですが、学習とは一体なんだったのか?という問いに答える良著です。

○Sfard, A. 1989 On two metapors for learning and the dangers of choosing just one. Educhational Resercher, Vol. 27, No. 2., pp. 4-13.

情報処理アプローチと状況的認知アプローチを、それぞれ「Acquisition Metaphor(AM)」、「Particition Metaphor(PM)」ととらえたメタファ論です。結論には、納得できないものがありますが、両者のアプローチの違いを、平易に説明しています。

  

▼状況的認知と教育実践(situated cognitions & Educational Practice)

○Brown,A. L. etc. 1993. Distributed expertise in the classroom. Solomon,G. 1993. Distributed cognitions. Cambridge University press.

○Palincser, A. S. & Brown,A.L. 1984. Reciprocal teaching of comprehension-fosterling and monitoring activities. Cognition & Instruction. 1(2). 117-175.

○Brown, A. L. (1992). Design experiments: Theoretical and methodological challenges in evaluating complex interventions in classroom settings. The Journal of the Learning Sciences, 2(2), 141-178.

「状況的認知と教育実践」として、Ann Brownの論文を3つあげておきます。「reciprocal teaching」、「intentional learning」、「Design Experiment Approach」など学習環境をデザインする際に、参考になる概念が主張されています。

  

▼構成主義(constructivism)

○菅井勝雄 1993. 「教育工学-構成主義の学習論に出会う」教育学研究 No.60 237-247

トマス・クーンの「パラダイム論」をもとに、構成主義の特に「社会的構成主義」とテクノロジーの関係を論じています。

Kafai,Y.B. (1996). constructionism in practice : Designing , thinking, and learning in degital world. NJ : Lawrence Erlbaum Associates.

Kafai,Y.B. (1995). Minds in play. Hillsdale, NJ: Lawrence Erlbaum Associates, NJ

Kafaiによる構成主義とその実践の本です。「構成主義の実践」と聞くと、ちょっとお堅い感じがしますが、そんなことはありません。研究の至る所に、遊び心がはいっていて、非常に独創的な実践が多いのです。「playulなEnvironment」について考えさせられます。

○Doors of perception 5 - PLAY -

 1998年11月にオランダ・アムステルダムで行われる「Doors of Perception 5」のページです。カファイやレズニック、アラン・ケイなどの他、日本から上田信行氏(甲南女子大学)も参加され、「Play」についてカンファレンスがおこなわれるようです。

  

▼認知工学(cognitive engineering)

認知工学とは、人間の認知に即してアーティファクト・デザインを考察する学問です。CSCLで使われるコンピュータは、あくまでわかりやすいものでなくてはなりません。以下、インターフェース・デザインに関する著作をあげておきます。

D.A.Norman. Things makes us smart. 佐伯胖他訳 1996. 『人を賢くする道具』(新曜社)

○Soloway, E., & Pryor, A. 1996 The next generation in human-computer interaction. Communications of the ACM. Vol. 39, No. 4, 16-17.

Norman,D.A. 1998. The Invisible computer. MIT Press.

  

▼デザイン(Design)

 CSCLを自分で開発してみたい!と思う方には、デザインの知識を少しだけでもためておく必要があります。実際に、自分でデザインをしなくてもいいのですが、デザイナーさんと話すときには、こうした知識がプロトコルになることが多いのです。僕は専門ではないので、あまり詳しいことは述べられませんが、以下のような雑誌に目を通しておくと、かなりいい感じです。

○隔月発行「AXIS」 (アクシス)

○毎月発行「design plex」 (エクシードプレス)


NAKAHARA, Jun
All Right Researved 1996 -