The Long & Winding Road - 2000/03


2000/03/01 すれ違うということ

 フォン=カーウェイ監督の「天使の涙」を見た。前に見たことはあったけれど、つい懐かしくなって借りてしまった。最近、ディズニーをひたすら見ていて、それを見尽くしたから、少し趣のことなったものを見たくなったためだ。リュックベッソン監督の「グランブルー」や主題歌「Calling you」であまりに有名な「バグダットカフェ」で悩んだけれど、結局、「天使の涙」にした。

 「天使の涙」やはすこしクセのある作品である。まず、第一にストーリーの展開が分散しているという点。そこに登場する人々の語りをもとに、それぞれのストーリーがどんどんと展開していき、ストーリーの最後の方で、登場人物の交差点があらわれるという展開になっている。登場人物は最後の交差点に至るまで、何度も何度も「すれ違う」のだ。しかし、すれ違いこそすれ、彼らは交差点までは「出会わない」。交差するまでは、互いに自己の世界を生きる圧倒的な「他者」なのである
 なぜかはわからないが、この「すれ違い」というコトバに僕は感じ入るものがある。どこかで書いたかも知れないが、今から約7年ほど前、上京して新宿の人混みの中を歩いていると、いつも人々とすれ違うたび、感慨深げになっていたサイコな大学生だった。なにしろ、田舎ではあんなにたくさんの人々を見たことがなかった。田舎とは限られた人間が何度も出会って生きていく場所だ。しかし、都会では、たくさん人がいても、みんな「すれ違って」生きているように僕には見えた。今、ここですれ違った人は、それぞれ固有の歴史をへて、「今、ここ」を歩いたのであって、さらに、僕はこの短い一生でかの人に二度と出会うことはないのだなぁと思うと、たとえ「すれ違いのおっさん」にでも愛着を覚えた。「おっさぁん・・・」と言って抱きしめたくなる衝動にかられたのである。アホか?
 そういえば、昨日読んでいた本に、「すれ違い」に関するオモシロイ記述があった。男というものは、人とすれ違うときに、相手が男なら互いに背を向けるようにすれ違い、相手が女なら相手と向かい合うようにすれ違うのだという。それが本能らしい。昨日は朝からその事実を確かめるために、オカンや妹と敢えてすれ違ってみようと思ったのだが、なぜか、彼女たちは僕の変な振る舞いを変な目でみて、なかなかすれ違うタイミングを与えてくれない。「あんた!気持ち悪いねぇ」と怒られた。誰か、確かめてください。

 閑話休題。話をもとに戻そう。天使の涙のクセについて話していたのだった。

 第二に、その映像の色使いである。撮影は、おそらく特殊なフィールターか照明を用い、いかにもアジアンテイストな、RGBで言うならば「赤成分」の多い映像になっている。この映像の志向性がおそらく「スワロウテイル」に踏襲されていくのだろう。

 第三にカメラ技法について。カメラワークはものすごくはやく、魚眼レンズを用いたり、特殊な合成を用いたりしている。また、カメラのアングルが、多くの場合、「斜め」になっていることも重要な点であろう。どこか、映画の登場人物たちをかいま見ているような気分になってくる。

 天使の涙を見たのは2回目であったが、かつて1回目にみたときには、それほどよいとは思わなかった。今回あらためて見てみると、モノスゴクよかった。おすすめの映画である。ハリウッドもいいけど、アジアも熱いぞ。


2000/03/02 僕らは風に吹かれていた

 実家に帰ってきているけれど、これまで自分からあまり外にはでようとはしなかったし、ことさら人と逢うことはなるべく避けてきた。少し静かに本でも読んだり、ビデオを見たりしていたかったからである。おかげさまで、いい充電期間になっていると思う。ディズニーもほとんど見たし、これまで勉強したかったことも少しは消化できた。たまには、こういう静かな生活も本当にいいなぁと思う。いや、「いいなぁ」とかいう問題じゃない。僕がPLAYFULに生きるためには、こういう「物思い時間」が必要なのだ。

 とはいうものの、ひとりで実家での生活を過ごすのはやはり寂しい。我ながら、ここらへんがワガママだと思うけれど、それは致し方ない。だってしかたないじゃん、ワガママですよー。
 先日、無二の親友のひとり、土田君が旭川の自宅にきた。彼と一番最初にあったのは、高校1年生の教室。入学式の日、教室の席が前と後ろだった。久しぶりに昔を懐かしむ話ができてよかった。わざわざ来てくれてありがとう。

 彼とはずいぶんいろいろなことを話したけれど、その中で僕らの琴線にヒットした話題は「スリムジーンズ」と「自転車で女の子をおくる」ということについてであった。

 スリムジーンズは、いまやもう売っている場所はあるまい。しかし、僕が高校生の頃には、ジーンズといえば「スリム」だった。スリムジーンズは、昔のジャージのように足の方が細くなっている。僕が中学生の頃は、「タック」とか「ドカン」とかいわれる、アホほど太いジーンズが流行していて、それとは差異化されたジーンズとしてスリムは大流行した。
 僕の通っていた高校は共学だったのだけれども、高校のときの卒業アルバムをあけると僕がいつも気が滅入るのは、スリムのジーンズを着ている自分の姿だ。信じられないくらい「変」なのである。そんなときは、まわりのみんなもそれをはいているということを理由にして、何とか自分の気を紛らわしている。
 しかし、流行は長くは続かない。そういえば、僕が大学時代に流行していた「ルーズソックス」も「コギャル」という生き方も、今となってはすでに色あせている。
 ヤマンバに厚底クツさんへ、君らも後からアルバムで後悔することになっても知らないんだから。

 次の話題に移ろう。
 「自転車で女の子をおくる」というのは、どこか変なフレーズである。「自転車」が「自動車」なら話はわかるのだが、決してそうではない。「自転車でおくる」なのである。
 女の子とのつきあいがはじまったら、その女の子を彼女のうちまで自転車でおくること、つまり、二人で並んで自転車をこいでまずは彼女のうちに向かうこと、そして、そこでバイバイをして、自分はそそくさと来た道を戻り、自分のイエに帰ること。この一見、無意味と思われるような行為は、高校生のときの僕らにとっては、何も疑いをさしはさむ余地のないようなアタリマエの日常であった。それをしなければ「愛情がないこと」とされることも多かったからタマッタもんじゃないけど、結構楽しんでやっていた。いずれにしても、今から考えれば「山田君、座布団1枚」である。

 土田君とはこういう話で大いに盛り上がった。今から考えれば大笑いである。笑い転げてヘルニアになりそうだった。でも、当時は本気だった。何にも変だなぁと思うことなんてなかった。
 確かに、僕らは風に吹かれていた。


2000/03/04 君に幸あれ

 今日は、高校時代の友達だった「あやちゃん」の結婚式だった。ウェディングドレスにつつまれた彼女は正直、綺麗だった。出席していたクラスメートもみんなそう言っていたから、「僕の知覚」は十分「検証された事実」であろう。お相手のスウェーデン人のボッセも優しそうな人だった。あまりの背の高さに、僕は思わず「ははー」と言ってしまいそうだったけど、彼の顔からは優しさみたいなものがにじみでていた。

 高校時代の友達もチラホラ結婚し始めている。多くは女の子だけれども、中には結婚した男の子も、僕の知りうる限り数名いる。あと一年以内に結婚する予定のあるもの、となると、まぁまぁな数になるはずだ。そういう時期なんだろう、と思う。

 今回の結婚式は「手作り」のものだったという。僕にも、たとえばパンフレットや会場で流した映像制作など、手伝いできる部分があっただろうが、それが全くできなかったのが、かえすがえすも申し訳ないなぁと思う。

 月並みなコトバだけれども、君に幸あれ


2000/03/05 この大地のように

 北海道に帰省してはや3週間くらいか。最初のうちは耳についていた「北海道弁」もだんだん感覚が戻ってきた。「いやいやいや、おばんでした」とか言って、人のうちに入っていくようになってきたところを見ると、僕の中の北海道弁もまだまだ死んでいないことがわかる。

 北海道の一日は長い。本当に一日が内地で暮らしているときの2倍くらいに思えてしまう。朝起きて、メールをチェックして、本を読んで、たまぁに友達から電話がかかってきて、そうかと思えば、親の買い物に同行し、「みかん」の段ボールを運ばされ、そうかと思えば、大阪からかかってくる用事をこなし、日記を書き、テレビを見て、さらに映画を見ても、まだ一日が終わらない!! おかげさまで静かな生活をさせてもらっている。

 北海道に少し滞在し、そこに住むいろんな人と話していると、昔は気にならなかった北海道人の気質っていうか、メンタリティも垣間見ることができる。

 「そんなに急いで何すんの? せせこましいもねぇ。」
 「あんたに何できるってさ、誰もせかしてないし、期待してないって、あんたになんて。のんびりさぁ。」

 なんていうか、時間感覚の差というか、のんびり屋というか、こちらが腰砕けヘロヘロ状態になるほど、北海道の人の時間はゆったりと流れているように思う。(そののんびりさは、はたから第三者的に見ていて、たまにハラがたつことがあるほどだ。でも、同時にそれに僕は憧れることもある)

 「今日は吹雪でしょー、外に出んのやめなぁ」

 自然に対する恐れとあきらめ。いくら予定がたっていても、自然には勝とうとしない、無理をしない。そんなメンタリティも目につくことのひとつだ。

 「内地にでたっていったって、根は北海道人さ。ラーメン好きでしょ。北海道の人見てごらん、ナンボ食べてもあきないんだから。お客さんも北海道の人なんだって」

 このセリフは、今日行ったあるお店のおねぇちゃんに言われたせりふだ。どうやら僕にも立派な北海道人の血が流れているようだ。心だけは「せせこましく」なりたくないなぁと切に思った。この大地のように広い心をもちたいものだ。バカでか過ぎるってーの。


2000/03/07 ぽっぽや

 映画「鉄道屋(ぽっぽや)」を見る。高倉建主演のこの映画は、去年ちょっとした話題になっていた映画だ。実は、うちの母がたの祖父は旧国鉄の汽車の運転手だった。残念ながら爺さんがどんな姿でD51やキハを運転していたかは、僕にはわからないけれど、「たぶんこんな風にジイさん運転してたんだろうなぁ」と思って見ていた。

 ジイさん。僕が小学校2年生だったときに死んじゃったけれど、あなたも「ぽっぽや」だったのですね。優しくしてくれたこと、今でも覚えていますよ。「マジメ」とか「実直」っていう粘土をこねたら、あなたになってしまうような人だったけれど、今はどこあたりを何の汽車で走っているのかな。


2000/03/17 今日は近況報告を

 北海道から帰って以来、僕の生活はガラリと変わった。毎日やらなければならないことをこなしつつ、何とか生きている。こんなとき、「忙しい、忙しい」と言ってしまっては、少し「趣」と「知恵」に欠けるからそうは言わない。「楽しい、楽しい」と思うことにしよう。いや、実際「楽しい」んだ。楽しすぎる日々、ちょっと微熱の日々が続いたけれど今は結構元気にやっている。

 3月15日から3月16日まではNHKでふたたび生放送を観察させていただくことができた。今回は、前日の生放送前日から各種打ち合わせに参加させていただいた。このような貴重な機会を与えてくれた山内さん、NHK学校放送番組部の箕輪さんには感謝している。この様子は、「不夜城のエスノグラフィー」として現在執筆している最中である。

 明日は、前指導教官の佐伯先生の最終講義である。神田の学士会館で最終講義は2時30分から行われる。今回、僕はビデオ撮影特攻隊長の任を仰せつかった。心してかかろう。


2000/03/18 佐伯先生最終講義


講義終了後、フルートの演奏をする佐伯先生と佐藤先生

 前指導教官の佐伯先生の最終講義が学士会館でありました。講義のタイトルは「教えるということの意味」という内容でしたが、まさに、その内容は先生のライフヒストリーそのものでした。会場には200名近くの方々がいらっしゃっていましたが、ビデオ撮影を頼まれていたので、あまりお話しする機会はありませんでした。が、学部時代に出席していた研究会の現場の先生などにお逢いする機会がありました。

  • Prof. Sayeki Final Lecture - 最終講義当日の様子
  •  佐伯先生、ホントウに長い間お疲れさまでした。


    2000/03/19 交差点

     先日、東京ステーションギャラリーで開催されている「20世紀を生きたモダニスト 猪熊弦一郎展」という企画展にブラリとはいった。久しぶりにゆっくりと散歩をしていたら、ちょうど企画展をやっていたので入場したのである。猪熊は、若い頃に写生的な絵を試行していたが、晩年になって抽象的な絵を描くようになった日本でも有数の現代洋画家のひとりである。猪熊の絵画はまさに彼のライフヒストリーにかさなっていて、非常に面白かった。

     じっと展示されている絵をみているうちに、ふと壁にある説明文に気をとられた。その説明文は猪熊の晩年の作品に付与されたもので、おおよそ以下のような内容が書いてあった。

    「自分はオモシロろがることの出来る人間だと思う。晩年になってふと散歩にでても、通りを行き交う、わずか数分後には永遠にあうことの出来ない人々に興味がひかれたりする。彼らの顔やしぐさを観察しているだけでも、非常にオモシロイ」

     これまで日記で何度か書いているけれど、僕もこのような思いにかられることが多々ある。猪熊ほどスゴイ人間では全然ないし、行き交う人々の様子をことさらオモシロがるわけでもないけれど、わずか数分後には永遠にあうこともない人々が行き交い、出会い、別れる、そんな交差点に、僕はどこか興味をもっている。

     先日、ビバリーヒルズ青春物語を見た。一度見逃してしまったので、なぜかはわからないのだけれども、ケリーとブランドンの結婚がとりやめになったようだった。文脈から推測するに、またケリーの「考えすぎ病」が発病したのだろう、と思う。「考えすぎるな、実践しろ!行為しろ!」とテレビを見ながら絶叫したい気分を押し殺していた。「おやおや、お嬢さんがた」とか言うブランドンの「スカしたおしゃべり」には、時に延髄ギリを食らわしたくなるが、僕はこの男が結構好きだったりする。誰か本当のところを教えてください。

     そういえば、短い帰省のあいだ、2人の高校時代の同期が結婚した。加えて僕の親友のつっちーも結婚を考えているようで、すこしだけそんな話をした。
     恋愛と結婚の端的な相違点は、前者が「愛情」によって成立するのに対し、後者はそれに加えてそれぞれの人生設計が交差しなければならない、という条件が加わることにあると思う。社会学の知見によれば、それも「近代」という時代に構築された「大きな物語」にすぎないのではあるが、世の常識はそうなっているのだと思う。だから、誰が言ったかは知らないけれど、「結婚は気合いとタイミング」らしい。人生の交差点をのがせば、二つのベクトルのことなる直線は、その定義にしたがって二度と交差することなく延長され続けるのだろう。

     猪熊弦一郎からはじまってビバリーヒルズ、そして結婚と意味のわからないことを書いてしまった。どうしてこんなに思考が水平にとぶのかはわからないが、それは僕の特徴なのでゆるしてほしい。たぶん、関係があるんだよ、きっと。


    2000/03/21 パラパラだ!

     先日ディズニーランドに行って来た。

     いろいろとやらなければならないことがあるけれど、たまには心をリラックスさせねばならぬハズだ!

     ディズニーランドのデザインは、教育のデザインにも通じるところがあるから、お勉強のためなのだ!(実は通じるところがあると思っていたりする・・・)

     とか、言い訳がましいことを書いているけれど、本当はそんなこと思っていなくて、ただあるがまま楽しんできました。Let it be....ジョン・レノンはそういうことが言いたかったんだよ。

     ディズニーランドでは、今、「Super Dancin' Mania」というショーをやっており、中原、はじめてパラパラというやつを体験しました。パラパラについては、若干の予備知識はあったし、今、クラブで大流行っていうのを聞いていて、「どこぞの国のマスゲームみたいなもん、やってられるか!」とか「みんなで同じことをやる!なんてファッショだ」と鼻息フンフン言わせていたんだけど、行ってみてびっくりです。わたくしめの身体、自然に動いていました。ごめんなさい。

     このショーの最初には、ちゃんとお客さんが踊れるようにチュートリアルがあるんだけど、曲がかかるとものすごくハヤイんです、テンポが。全然ついていけません。きっと僕のダンスはハタからみれば、「あれっ、人形なはずなのに糸がないぞ?」って言われそうなヒドイ出来でしたが、それでも楽しかったです。僕はクラブっていうところには、学部時代は結構行きましたが、ここ2年間は、一度も行っていませんでした。やっぱ、ダンシングオールナイトだよねぇ、もんたよしのりはそういうことが言いたかったんだよ、きっと

     それにしても、ディズニーの演出っていうのは、毎回毎回感動させられます。ディズニーランドに行っても、半分「ツクリテ」の立場からモノを見ているのは貧乏臭くてトホホですが、「ほほーっ、なるほど!」と思うことがホントウに多い。前に、遠隔講義を中原が担当したときに、ディズニーランドはシンリガクの知見が応用されているんですよ、ということを話したんですが、ディズニーランドを「デザインされた空間」と見ると、どんな「デザイン」がなされているか? なんていうレポートがあったら、オモシロイものが書けるだろうなぁと思いました。

     何はともあれ、面白かったです。
     パラパラのことなら、僕に聞いて!

  • Tokyo Disney Land (パラパラのMPEGがあります)

  • 2000/03/22 テクハラ

     「テクハラ」は、我が研究室の西森さんの造語である。「Technological Harrasment」、つまりは「イヤイヤしている人にテクノロジーを押しつけること」を言うらしい。詳しいことは本人に聞かなければわからないが、おそらくそういう意味で用いているのだと思う。

     思えば、IT業界はテクハラのかたまりだったりする。別に「情報が身の回りにあふれていなくても立派に生活している人々」に、「これからはテクノロジーの時代ですよー、これがなければ生きていけませんよー」「これをしなきゃリストラですよー」とか言いたい放題を言って、アリガタいテクノロジーをおしつける。その論理構造は、「このツボがなければガンと脳卒中が同時にあなたをおそうでしょう」とかいってあやしい「ツボ」を売る人々の論理と変わらない。だいたい、「これから」がたとえどんな時代であっても、その人がその時代を「どう生きるか」かは、別の問題である。

     でも、考えてみれば、僕の研究だってテクハラ的要素を結構もっていたりする。別にこれまでどおりのソフトウェアを用いればよいのに、「これからはこっちの方がいいですよー」とか言っている。往々にして、その種のソフトウェアは開発段階にあるので、実は使いにくいところもある。こっちの方がいいですよーとか言いながら、使いにくいなんてまさにテクハラ以外の何者でもない。うーん、考えてみればみるほどテクハラだ。どこぞの知事みたいに「テクハラ大魔王」って言われてもオカシクないなぁ。でも、言われるのイヤだなぁ。反省します、本当にすみません。

     自分がいつもテクハラの加害者になる可能性があることを十分自覚して、研究をしようと思う。ソクラテス風の無知の知じゃないけれど、素朴で反省的な認識から研究を行っていきたいものだ、本当にそう思う。タルコット・パーソンズという社会学者は、「概念とはスポットライトである」と言った。新しい概念は、今まで自明視していたものごとを可視化する。テクハラということばは、僕にとって、まさにパーソンズのいうところのスポットライトであった。

    追伸.
     先日、NHK教育の生放送「インターネットスクール:たったひとつの地球」を観察させていただいたときのレポートができた。「雑感、不夜城にて」という雑文である。考えさせられることはたくさんあったけれど、そのすべてを書くことはできなかった。もどかしさがつのる。

  • 雑感、不夜城にて
  •  このような機会を与えてくださった山内さん(茨城大学)、NHK学校放送番組部の箕輪さんにこの場を借りて心から感謝します。本当にありがとうございました。


    2000/03/23 エントリーシートと物語

     最近、僕の周りの後輩たちがエントリーシートを片手に就職活動をしているのをよく見る。僕は就職活動をしていないので、声をかけてあげたくても、何と言ってよいかわからず、歯がゆい気持ちになるのだが、頑張ってほしいと思う。今日がダメでも明日があるさ、明日がダメでも、日はまた昇る。

     先日、講座の学生とエントリーシートについて話した。彼いわく、エントリーシートはめちゃめちゃ「シンドイ」という。「履歴書みたいなもんだろ、そんなもん」と言うと、彼は首を横にふった。

    「エントリーシート書いてるとなぁ、なんかめっちゃブルーなんねん。どんな質問も、なんで?なんで?なんで?って聞かれるやろ。その大学にきたのはなんでですか? その専攻を選んだのはなんでですか? なんで就職を希望しているのですか? もうえぇっちゅうねん! おまけになぁ、適当に書いたら絶対つっこまれるやん。だから、なんで?っていうのに一貫した理由を書かなあかんねん。もうシンドイわ。」

     なるほど、エントリーシートは常に会社側の発した「なんで?」に対して、一貫した「それは○○だからでっせ」を書くものらしい。ちょっと抽象的にいうならば、要するに求められていることは、今までの自分の歴史を一貫した「物語」で意味づけることができるか、できないかってことなんだろう。なぜ、ここで「物語」と言えるか? なぜなら、日々「なんで?」に対する「理由」を考えて生きている人なんかいないわけで、結局、自分の「やったこと」の意味に一貫した「プロット」があらわれてくるのは、あとになってからのことだろう。だから、エントリーシートは「事実」を書くことよりも、「物語」をつむぐことが求められているのだと僕は思う。

     物語をつむぐ行為は、時にシンドイ。それが自分の歴史をつむぐ物語であるのなら、なおさらのことである。


    2000/03/24 中身のあるもの、そして、VJ

     何を隠そう、いや隠さずぎゃーぎゃーオモシロがって騒いでるのが問題っちゃー問題なんだけど、最近、僕は動画の編集がやりたくてやりたくて仕方がありません。最近は、DVの入出力ができるIEEE1394っていうインターフェースボードが安くなったし、ハードディスクもアホほど下がったし、マシン自体も10万円で買える時代になって、ようやく動画がコンピュータで編集できるっちゃーできるんだけど、まぁ、そうは言っても院生はお金がないから、できないんだけどね。

     悪いの?

     考えてみれば、僕が教育工学の世界に足をそめるきっかけになったのは、バンクストリート大学の開発した「ミミ号の冒険」とか、バンダービルト大学でブランスフォード教授たちの開発した「Jasper」とか、そういう物語のあるコンテンツというか、動画でした。これらの教材は、その物語の中に「問題解決のプロセス」が埋め込まれていて、それを素材としていろんな方向に、まさに総合的に、学べることのできる教材でした。

     ミミ号だとかJasperとか、そんなダイソレタものはできないだろうけど、そろそろネットワークのソフトウェアみたいな「ハコもの」だけではなくて、中身のあるものをつくりたくて仕方がないんです。でも、こういう中身のあるモノの開発っていうのは、大変ですよね。なにしろ、技術的な事柄を学ぶのはモチロンのこと、それ以上に、その中身の領域の知識をずいぶん学ばなければならないのです。だから、今は、とりあえずやらなければならないことの合間に技術的なことを調べたり、本当に学んで楽しいなぁって思わせるような知識って何だろうって考えています。今は道楽でギャーギャー言っているだけだけど、いつかはやってみたいですね。

     そういえば、技術的な事柄を学んでいる最中に、オモシロイ世界を知りました。Video Jockeyっていうんだけど、知っていますか? なにやら、クラブとかで、クラブっていっても、おねぇちゃんがでてくる会員制の怪しいクラブじゃなくて、踊るとこだよ、わかってるってーの。とにかく、そのクラブでDJのかける音楽に応じて、ビデオ映像をつくっていく人のことをVideo Jockey、VJと言うそうな。オモシロイですねぇ。テクノロジーを駆使して即興的にビデオ画像をつくるってーのがオモシロイ。そんな世界があるんですね。

     オモシロがってるの、僕だけ?


    2000/03/25 さよならだけが人生だ

     昨日は卒業式だった。院生にとっては修了式というのかな。僕もそのセレモニーの一応「ゲスト」だったりするのだけれど、いつもどおりに普段着で小汚い格好で大学にいったので、セレモニーには出席しなかった。悪いの? ユニクロで。でも、このまま博士課程に進学するので、どうしてもスーツを着る気にはなれなかったんです。

     Life goes on...

     修士の学位記をいただいた。学位記といっても厚紙に「学位記」って書いてあるんだけど、それでもなぜかうれしかった。マスターキートンならぬ、マスター中原と呼んでほしい、道で出会ったときには。

     夜には、研究室のオイコンがあった。今年研究室を去るのは2名の学部生、春からは社会人になる。今までアタリマエのようにいた人々が去っていくのは、それが永遠の別れではなくっても、なぜか寂しいものだ。

     井伏鱒二の詩にこんな詩がある。

     花に嵐のたとえもあるさ
     さよならだけが人生だ

     僕がこの詩にであったのが、まだ思春期の頃。大好きな太宰治のエッセイに紹介されていたのだけれども、それ以来、僕はこの詩の意味をおりにふれ考えていた。最初のセンテンス「花に嵐のたとえもあるさ」は、「あるものにちょっと風変わりのものをたとえてもいいんでないかい」という意味にとれる。「花=美しく人に安らぎを与えるもの」を「嵐=激しく厳しいもの」にたとえるのは、確かに「風変わり」である。しかし、敢えて井伏はこの「風変わり」をいわば「コトバアソビ」のようにおこなった。そして、そのつながりから考えると、あとのセンテンスは「さよならだけが人生だ」ってことを文字通りの意味で言いたいんじゃないように思う。普通、「人生=さよなら」というのはちょっと風変わりだ。ロシアフォルマリズム風にいうならば、これが文学の「異化作用」というやつであろう。井伏が言いたかったことは、「さよならだけが人生だ」ということだけではなくて、むしろ「人生なんて、さよならだけじゃない、それだけじゃないんですよ」ということになる。そして、これはやや拡大解釈かもしれないんだけど「人生にはさよならだけじゃなくて、出会いもあるんですよ」と井伏は言いたかったのではないのかなぁと邪推する。すべては「コトバアソビ」なのかもしれない。

     社会人になるってことは今よりももっとPlayfulな人々に出会うチャンスなのかもしれない。僕は社会にでたことがないから、そういうのをうらやましく思う。

     さよならだけが人生だ


    2000/03/27 やっとわかったよ

     I still haven't found what I'm looking for

     言わずともしれぬU2の名曲である。邦題を「終わりなき旅」という。直訳は「探しものはまだ見つかっちゃいない」だから、ずいぶんセンスのあるタイトルだと思う。僕の直訳がセンスなさすぎんの?

     この曲を僕がはじめて聴いたのは、小学生の頃だった。「ヨシュアトゥリー」というアルバムの中の一曲としてこの曲は収録されていた。ヨシュアトゥリーは「With or Without you」というアホほど売れたシングルの収録されているアルバムで、当時のビルボードで長いこと1位をキープしていた。その売れ方っていったらヒロミ・ゴーの「Golden Finger'99」の比じゃないぞ。もちろん、たかが400円か500円のおこづかいしかもらっていない小学生にレコードが買えるわけがない。必然的にラジオかレンタルしかなかった。
     当時、僕の聞いていた音楽は洋楽だった。少しでもFMラジオの感度がよくなるように、簡易アンテナを自分でつくり、FMステーションという雑誌を購読して、自分の聞きたい曲がかかるのをひたすら待っていた。それでもかからないときは、レンタルショップにたよるしかなかった。

     ビートルズからはじまり、80年代後半に流行した洋楽はだいたい知っていると思う。もちろん歌詞は英語だから何を歌っているのか意味がわからず、ずいぶん苦労した。それでも、足りないアタマをしぼって、当時通っていた英語塾の先生に助けてもらいながら、洋楽を必死で日本語訳していた。

     僕の洋楽翻訳を喜んで助けてくれていた先生に、カワサキ先生という先生がいた。いつものように、僕はヨシュアトゥリーの歌詞カードをもっていって、わからないところを教えて欲しい、先生に頼んだ。カワサキ先生は笑いながらいつものように教えてくれたが、どうも抽象的でわからない。つまり、訳することはできたのだが、結局、U2が何を言いたかったのかがわからなかった。

     先生は言った。

    先生「中原君、この中でどの曲好き?」
    中原「
    I still haven't found what I'm looking forWith or Without you かな。」
    先生「そうか、でも、この2つの曲って、まだ中原君には難しいかもね、中原君がもう少し大きくなったら、このウタの意味がわかるかもよ。」
    中原「そうかなぁ、なんで今わかんないんだべか」

     それから12年、今日、僕はU2のCDを再び借りてきた。部屋に一人、座椅子にこしかけ、12年前に好きだった二つの曲を聴いている。
     カワサキ先生、やっとわかったよ。そういうことだったんだね。

      「I still haven't found what I'm looking for」と「With or Without you」はどこか切ないオトコとオンナのウタである。


    2000/03/29 MATRIX

     このところ立て続けに2本の論文を脱稿するなど異常なほど忙しく、おまけにいろいろと考えることも多く、ちょっと精神的にも肉体的にもヤバかったので、今日は夜11時に研究室から帰ってきてすぐにビデオ屋に直行し、「自分にゴホウビを与えること」にしました。僕的にはこれを「自分にゴホウビ制度」と呼んでいます。

     考えてみると、この「自分にゴホウビ制度」ですが、僕は小学校のときから、そうやって生きてきたような気がします。高校のときは、テストのたびごとに「自分にゴホウビ」と称して、みんなでオチャケを飲みに行っていました。あれだけ飲んで騒いで捕まらなかったのが不思議です。僕の顔がフケており態度がアホほどデカイため、居○屋の店員さんもとても高校生とは思えなかったのが理由かと思われます。うちの妹も同じ高校に通っていて、多分にもれず「自分にゴホウビ」を与えていたようですが、ある日、「ひー」とか言って襟首をつかまれ捕まってました。自分におナワをかけてどうすんだってーの。おナワ、こえーよ。

     閑話休題。

     今日、MATRIXを見ました。MATRIXは「見たい、見たい」と思っていたけれど、結局見ることのできなかった映画のひとつで、研究室の人たちが「昨日、メイトリックス見にいってん」と言っているのを聞くたびに、僕は淡くそして静かな殺意をいだいていました。はぁ?
     それにしても、
    MATRIXを「メイトリックス」と読むのは、いかにも「ガイコク帰りだべさぁ」という感じで、ケンカを売られているようで愉快ですね。「メイトリック」の「メ」にアクセントなんか置かれた日には、悔しいから僕もマネします。なんじゃ、そら。

     MATRIXですが、プロット自体は、まぁよくある話なので、何も語るべきことはありません。僕と同じくこの映画を見ていない僕のツレで、今週末にビデオをそれを見る!と言っている方がいらっしゃるので、ここでプロットのことは言わないことにします。でも、「コンピュータ VS 人間」という紋切り型の発想は、かなりヤメてほしいです。「ヴァーチャル VS リアル」という二元論的世界観も、もう「ごちそうさん」なんだよなぁ。はっきり言って「ソフィーの世界」をもう一度読んで欲しいです。
     ちなみに、僕、「ソフィーの世界」は、学部2年の時、「東京港発 - 苫小牧行きのフェリー」の中で読みました。僕がこの本を読んでいると同部屋に自衛隊のオッサンたちが乗り込んできて、一緒にオチャケを調子よく飲んでいるうちに、ここがソフィーの世界なんだか、リアルな世界なんだか、よくわからなくなってきた「想い出」があります。
     おいおい、自衛隊のおっさんと飲んだかつての経験に「想い出」というコトバを使ってしまったよ。それは「オトコとオンナのこと」だけに使える「オシャレコトバ」だろ。気持ち悪いので訂正します、正しくは「思い出」です。結局、フェリーに乗車している30時間あまり、僕は吐き続けました。ゲロゲロ。

     プロットは感心しないMATRIXですが、映像技術はイタく感動しました。スチルっていうのかな、急に映像の流れが「遅く」なるやつあるでしょ、あれが結構用いられていていて、独特のリズムをもった映像が展開されていました。宣伝でキアヌリーブスがやっていた「鉄砲のタマをよけるシーン」がスチル映像で画面にでてくると、なんか嬉しくて、一度ビデオをとめて僕もマネしてみましたが、アホほど身体がカタイので、そのままてっくりがえってしまいました。僕のマンションの部屋は三階にあるのですが、その直下の住人の方は、夜の二時頃、鈍い音が上の部屋から聞こえてきたと思います。それは、僕。

     悪いの?

     あとは、「水しぶき」とか「飛び散る破片」とか、そういう細かいところがモノスゴク美しい映像でした。「MATRIXは飛び散る○○が美しい」とか言ったら、我が研究室の松河君とかは、○○のところに変なコトバを入れて、散々喜ぶと思うんだけど、いい加減にしなさい、ヒデヤ、お母さん許しません。

     そんなところかな。
     最近、僕は「映像をつくること」に興味を持っていて、これもこのあいだNHKにおじゃまさせていただいて以来なんだけど、そういう意味で楽しる映画でした。

     さて、自分へのゴホウビももらったことだし、明日も気合い入れていくぞ!


    2000/03/30 ハザマを学ぶこと

     最近よく思うことのひとつに、「ハザマを学ぶ」ってのがあります。ハザマっていうのは「境界」ということ。つまり、ある境界によって隔てられた比較的近似した複数の領域的知識をどう習得し、どうすれば統合できるのか?ってことに興味をもっているのです。難しいことを言っているようですが、そうではありません。たとえば、最近僕は映像づくりに興味をもっているので、それを例をあげると、こういうことです。

     今、映像のような「コンテンツづくり産業」とネットワークなどの「情報技術産業」が融合しようとしていますよね。情報技術が発展して、コンピュータの性能があがってくると、今まではアナログで撮影されていた映像もデジタルで処理できるようになってきました。デジタルで撮影されるってことは、そのあとにそのコンテンツをそのまま簡単にネットワークで配信できるようになるってことを意味していて、いくつかのサイトでは、すでに映像をネットワークを使って配信する先進的なサーヴィスがはじまっています。

     で、問題はここからなんだけど、こういう風に「コンテンツづくり産業」と「情報技術産業」が融合していって、それが統合され、どっちがどっちって分けられなくなってくると、困った問題が起こってくるんです。それは「人材」の問題であり、ひいては「学習」の問題なのです。

     おいおい、アンタ、また学習かい? しつこいんでないかい?

     とつっこまれそうですが、

     したっけ、そったらこと言ったって、専門なんだから仕方ないべぇー

     と言いたいです。

     ていうか、大学院にはいってからというもの、何を見ても僕は、それが「学習」の問題に見えてしまいます。前に書いたケイエイガクも立派な学習の問題ですし、時に街角なんかでチューしているカップルを見かけると、「これも学習の成果なんだべか?」と思っちゃったりします。そんなもん、どこで学習したんだってーの!

     今までは、「映像コンテンツ」をつくる人は、美術大学の映像学科なんかをでて、アナログ編集器でぐりぐり編集していましたね。一方、「情報技術産業」に従事している人は、毎日毎日コンピュータと面とむかって、ひたすらキーボードをうちまくっていたわけです。彼らは、それぞれに違った領域的知識をマスターしていて、その道ではプロです。
     しかし、お互いに他の領域に関しては、全然ドシロウトであることが珍しくない。つまり、映像をわかっている人間はコンピュータのことがわからないし、コンピュータのことがわかっている人間は、映像づくりのノウハウについてはわかんないことが多い。知識が領域として分断されているために、そういうことがおこってくるんです。

     でも、別にそれぞれの領域が融合しだすような現在に至るまでは、そういうことは問題にさえならなかった。アタリマエのことです。映像屋さんがコンピュータ屋さんの知識を必要とする場面が、これまではなかったし、逆もそうでしょうから。でも、現在みたいにふたつの世界がデジタルっていうことでくっつきだすと、どうもそれでは具合が悪い。この新しく融合された世界を生きていける「人材」を育成しなければならないってことが問題になるからです

     そこまで問題がわかっているのなら、話は早い!
     映像もコンピュータもわかる人材を最初から育てりゃいいんだろ!ってことになるんだけど、じゃあ、そういう全然種類は異なっているけれど、今や「同類」として片づけられるような複数の知識をどう習得し、どう統合するかってことは、結構、簡単に考えられてしまうかもしれませんが、実は難しい問いのように思います。つまり、「ハザマ」を学ぶこと、この場合で言えば、映像とコンピュータを両方ある程度わかるように学習の場をつくりだすことっていうのは難しいのです。

     じゃあ、こうした「ハザマを学ぶ」ことに対して、今までの学習科学(学習を対象とする学問のこと)はどのように答えてきたか?ってことが気になりますよね。
     でも、それはかなりアドベンチャー的な問いなんです。古典的な学習心理学では、領域のことなる2つの知識をまず学ぶってことをそもそも想定していないことが多い。また、それをどのように統合するかってことになると、ほとんど注目されてこなかったっていうのが、正直なところだと思います。もちろん、いくつかの研究では、そういう知識の統合の問題を扱っていますけど、それは「ある領域内での複数の知識の統合」であることが多かったのです。つまり、アカデミックな領域では、そういう学習の状況をあまりマトモに扱ってこなかったのです。

     僕がこの「ハザマを学ぶ」ってことに興味を持ち始めたのは、先日NHK教育の生放送を見せていただいたときに、そこのスタッフの方が何気なくこんなことを言ったからなんですね。

    「放送に関しては、みんなプロなんですけど、通信の領域となると、本当に難しいですね」

     詳しくは、「雑感、不夜城にて」というレポートを見ていただきたいのですが、このスタッフの方がこのセリフをいったときっていうのは、実は前日の回線チェックリハーサルのときに、副調であるトラブルが発生していたときなんです。そのトラブルって言うのが、ISDNテレビ電話の音声入出力がうまくいかないっていう「通信の領域」のトラブルだったんですね。そこには「放送のプロ」であるNHKのスタッフの方が何名もいたんですが、なかなかこのトラブルを解消できなかったのです。別にだから悪いっていうわけではないです。でも、僕はそのときにずーっとこの問題を考えていました。「領域の異なる複数の知識を獲得し、それを統合する方法」ってどんな風にやればいいのかなぁって考えていたのです。

     この問い、どうなんでしょうね。キチンと解決しなければならない価値のある問いのように思うのですが、どうやって実験すればよいのでしょうか。
     「ハザマを学ぶ」、誰か卒論とか修論とかでやってくんないかなぁ・・・。
     オマエがやれってーの。


    2000/03/31 ケイタイのこと

     査読が戻ってきた雑誌論文の修正が一段落し、BASQUIATプロジェクトの今後を決めるミーティングも終わり、ホッとしている静かな週末。明日、長い間あらゆる理由をつけて行くことを拒み続けてきた歯医者へ行くほかに、週末に予定はない(こちらの方はとうとう観念しました、トホホ)。

     今日はケイタイのお話。僕、ケイタイ電話ってあんまり好きじゃないんです。いやいや、自分も持っているから、あんまりデカイことは言えないんだけど、でも嫌い。ていうか、考えてみると、僕があんまり好きじゃないのは、ケイタイそのものではなくて、「他人のケイタイがなったときに、思わず場の流れがとまるあの瞬間」なのです。

     場の流れがとまるっていうのは、大げさかも知れないけれど、僕がある人と一緒にいるときに、たとえばケイタイが鳴ったとするでしょ。そしたら、その人は当然ケイタイにでます。そしたら、僕はどうも「どうしてよいかわからなく」なってしまうんです。あんまり「ミミをそばだてている」と、なんか人の話を盗み聞きしているようでイヤだし、それかといって、急に「オレは聞いてないよーだ」っていう顔をすると、それもわざとらしいしさ。これが我ながら「情けなくなる」くらい演技がヘタなんですね。簡単にいうと、どうもケイタイのせいで僕は自意識の葛藤を経験しなくてはならなくなってしまうんだね、これ、わかる?

     あとね、ついでだから言っちゃうけど、ナンボ仲良く人と話していても、その人のケイタイが鳴った瞬間に、そのパーソナルな関係が一気に崩れるでしょ。つまり、その人は電話にでることによって、別の関係をとりむすぶようになる。なんか「おいてけぼり」をくったようで、寂しくなりませんか?

     なんかいろんなところで「ケイタイは嫌い!」って言っているけれど、こんな風に思うのって僕だけなのかな。そうはいってもケイタイは便利だから、もう手放せないのは事実なんだけどね。僕のケイタイ嫌いは、ケイタイそのものが対象ではなくて、ケイタイにまつわる僕の意識に関係するだけに厄介です。


    NAKAHARA,Jun
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